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注射用エストラジオール (プロギノンデポー 等)

雌激素 A

注射用エストラジオール(プロギノンデポー等)

Injectable Estradiol (Progynon Depot, etc.)

筋肉注射 (IM) / 皮下注射 (SC)

注射用エストラジオールは、トランス女性のHRTにおいて最も強烈な力を持つ投与手段です。肝臓の初回通過効果を完全にバイパスし、非常に高レベルで予測可能なエストロゲン濃度をもたらします。特筆すべきことに、注射を使用するユーザーの約82.6%が、抗アンドロゲン剤(ブロッカー)を一切使わずにテストステロンを完全に抑制する「モノセラピー」に成功しています [1] 。しかしながら、日本国内のDIYコミュニティでは常軌を逸した「高用量神話」が蔓延しており、その誤用による健康被害が後を絶ちません。

プロギノンデポー 10mg エストラジオール注射液の製品写真

注射用エストラジオールには、血中への放出速度を遅らせるための「エステル(脂肪酸の鎖)」が結合しています。最も一般的な3つは以下の通りです:

  • 吉草酸エストラジオール (Estradiol Valerate = EV): 半減期が最も短い(約4〜5日)。血中濃度が急激に跳ね上がり(ピーク)、急激に落ち込み(トラフ)ます。頻繁な注射が必要です。日本の「プロギノンデポー(ペラニンデポー)」はこの「EV」に該当します [2]
  • シピオン酸エストラジオール (Estradiol Cypionate = EC): 中程度の半減期(約8〜10日)。EVよりもピークが平坦で滑らかな曲線を描きます。
  • エナント酸エストラジオール (Estradiol Enanthate = EEn): 半減期が非常に長い。7〜14日ごとの注射で安定したレベルを提供します(海外のDIY市場で主流)。

このガイドでは、日本で最も普及している「プロギノンデポー(ペラニンデポー)」などの 吉草酸エストラジオール (EV) を前提として解説します [3]

用量に関する致命的な誤解(EVの場合)

Section titled “用量に関する致命的な誤解(EVの場合)”
フェーズ用量 (EV)ガイドラインの指示
開始時の低用量 1〜2 mg / 週 最初の半年間。乳管の枝分かれを守るための絶対的な要件。
維持期 2〜4 mg / 週 血液検査のトラフ値に基づいて微調整。目標 E2 は 100〜200 pg/mL。
絶対最大用量 5 mg / 週 安全性の上限。どんな理由があろうとこれを超えてブラインドで注射してはいけない。

これらの数値は、WPATH SOC 8 [4] および Endocrine Society ガイドライン [5] と完全に一致しており、世界的なコンセンサスです。

注射を使用している場合、採血は必ず「注射を打つ当日の朝、注射を打つ直前」に行わなければなりません。これはあなたの最もE2濃度が低くなる「トラフ値」を測定するためです。

  • 目標トラフ値: 100〜200 pg/mL
  • 警告: EV(プロギノンデポー)で注射直前のトラフ値が 200 pg/mL を超えているということは、注射後1〜2日目の「ピーク時」の血中濃度は 500〜1000 pg/mL という殺人的な数値になっていることを意味します。これは心血管リスクを爆発させるだけで、女性化を早める効果はゼロです。
  • 1週間に1回の注射でどうしてもトラフ値が 50 を切って更年期症状が出る場合は、1回に打つ「量」を増やすのではなく、注射の「間隔」を短くする(例: 7日おきから5日おきにし、その分1回の注射量を減らす)ことで、血中濃度を平坦に(フラットに)すべきです。
皮下注射(45°)と筋肉注射(90°)の角度比較断面図

何十年もの間、ホルモン注射は太い針を筋肉の奥深くへ突き刺す「筋肉注射(IM)」しか手段がないと考えられてきました。しかし現在の大規模な臨床データは、お腹や太ももの脂肪をつまんで細く短い針で打つ「皮下注射(SC)」が完全に同等の効果を持つことを証明しています [6] [7]

比較項目皮下注射 (SC)筋肉注射 (IM)
E2 血中濃度 筋肉注射と完全に同一 歴史的な標準
T(男性ホルモン)抑制 筋肉注射と完全に同一 歴史的な標準
痛みの強さ 蚊に刺される程度(ほぼ無痛) 筋肉の奥深くが数日痛むことがある
針の太さ 非常に細い (25-27G 等) 太く、そして長い (21-23G 等)
自己注射の難易度 非常に簡単 お尻に打つためパートナーや介助が必要な場合がある

結論: 自分自身で注射(自己注射)を行う場合、皮下注射 (SC) の方が安全で、痛みがなく、心理的トラウマを与えません。

モノセラピー(単剤療法)の絶大なメリット

Section titled “モノセラピー(単剤療法)の絶大なメリット”

注射用エストラジオールは、飲み薬に比べてテストステロン(T)を抑制する力が桁違いに強力です。2025年の研究では、注射用エストラジオールを使用したトランス女性の 82.6% が、シプロテロン(Androcur / CPA)やスピロノラクトンなどを一切使わずにテストステロンの完全な抑制(T < 50 ng/dL)に成功しました [1]

  • これにより、CPA(シプロテロン)による肝臓への劇毒や髄膜腫リスクを完全に排除できます。
  • 同様に、スピロノラクトンの利尿作用や高カリウム血症リスクも排除できます。

ガラスアンプル問題(日本特有の課題)

Section titled “ガラスアンプル問題(日本特有の課題)”

世界的には再利用可能な「ゴム栓付きのバイアル(瓶)」から必要な分だけ吸い出すのが主流ですが、日本やアジアの一部では、**プロギノンデポー等に代表される「1回使い切りのガラスアンプル(折るタイプ)」**が主流です。

  • アンプルには防腐剤(ベンジルアルコールなど)が入っていません。
  • ガラスの首を折った瞬間から、中の薬液は無菌状態ではなくなります
  • 日本のDIYユーザーの間で「10mgのアンプルを折って、半分だけ打って、残りを注射器の中に入れたまま冷蔵庫で数日〜1週間保管してまた打つ」という行為が散見されますが、これは**極めて高い細菌感染リスク(最悪の場合は致命的な敗血症・ショック死)**を伴います。
  • クリニックで処方される場合、通常は「1アンプル全部」をその場で筋肉注射されるため、過剰投与になりがちです(多くの医師は、半量だけ打って残りを廃棄するという「もったいない」行為を嫌がります)。

プロギノンデポーの個人輸入について

Section titled “プロギノンデポーの個人輸入について”

日本ではプロギノンデポー(Progynon Depot、10 mg/mL 吉草酸エストラジオール油性注射液)は保険適用外で、一般的な内科・婦人科でMTF用途の処方を受けるのは困難です。そのため、海外の正規薬局から個人輸入するコミュニティが存在します。本節は情報提供のみで、特定の業者・ルートの推奨ではありません。

日本の薬機法(旧薬事法)下では、個人で使用する目的に限り、処方薬を一定量まで輸入することは認められています(厚生労働省):

  • 処方薬: 1回の輸入で 1ヶ月分まで
  • 貯蔵性のある注射薬: 税関で個別判断(内容・量による)
  • 輸入許可書(薬監証明)が必要なケースあり — 数量超過・反復輸入時

販売目的での輸入・他人への譲渡は違法です。

主な供給源(順不同、検証状況は各自で)

Section titled “主な供給源(順不同、検証状況は各自で)”
地域製剤名備考
香港・東南アジアProgynon Depot 10 mg/mLドイツ Bayer → アジア市場
トルコProgynon Depot 10 mg/mL比較的安価だが品質差あり
インドProgynova Depot / 他ジェネリックジェネリック品質のばらつきに注意
  1. ロット番号 + 有効期限: パッケージ・アンプル両方を確認
  2. 油性・色: 薄黄色で透明、濁り・結晶化は即廃棄
  3. 初回開封時: 別ルートで入手した少量と比較し、外観・粘度の違いを確認
  4. 注射後: 異常な痛み・発熱・発疹があれば即時受診、次回以降は別ロットへ

DIY から医療機関への移行は、本サイトでは強く推奨します。移行パス:

  • GID(性同一性障害)ガイドライン診療: 大学病院の GID センター(一部大学病院)
  • ジェンダークリニック: 東京・大阪・京都など都市圏
  • 海外処方のミラー: タイ、台湾、韓国、豪州などでのオンライン診療 + 国内自己注射

詳細は 日本の臨床パス および HRT 開始前準備 を参照。


参考文献

  1. Misakian AL et al. Injectable Estradiol Monotherapy in Transgender Individuals. Endocrine Practice 2025.
  2. Oriowo MA et al. Pharmacokinetics of Estradiol Esters. Contraception 1980.
  3. Aly. Injectable Estradiol Meta-Analysis. Transfemscience.org 2021/2025.
  4. Coleman E et al. Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People, Version 8. Int J Transgend Health 2022;23(S1):S1-S259. DOI:10.1080/26895269.2022.2100644
  5. Hembree WC et al. Endocrine Treatment of Gender-Dysphoric/Gender-Incongruent Persons. J Clin Endocrinol Metab 2017;102(11):3869-3903. DOI:10.1210/jc.2017-01658
  6. Herndon JS et al. Subcutaneous vs Intramuscular Estradiol Valerate. Endocr Pract 2023;29(5):356-361.
  7. Poage AC et al. Subcutaneous vs Intramuscular Estradiol Valerate Injection. PMC12922051, 2026.
  8. Rothman MS et al. Injectable Estradiol Dosing in Transgender Individuals. Transgender Health 2024;9(6):463-465.
  9. Kanin M et al. Injectable Estradiol Dosing Regimens. J Endocr Soc 2025;9(5):bvaf004.